中小企業共通EDIの歩み
本記事は、ITコーディネータ協会発行「架け橋」2021.上期 30号「20周年特別寄稿」掲載記事より転載されたものです。出典については以下をご確認ください。
- 出典:ITコーディネータ協会発行「架け橋」2021.上期 30号「20周年特別寄稿」掲載記事
- URL:https://www.itc.or.jp/society/activity/journals/
はじめに
この度、ITコーディネータ制度創設 20 周年に際し、中小企業共通EDIの歩みについて紹介する場を頂いた。中小企業共通EDIは多数のITコーディネータの連携の中から生み出されたITコーディネータ制度の成果物であり、今後の中小企業DXにおいても重要な位置づけを占めることとなると予想している。中小企業の生産性向上が我が国産業全体の生産性向上に貢献するとしてスタートした課題が20年後の現在も解消されず続いている。これまでの活動の経過と失敗、成功の内容を再評価し、今後の普及活動に向けてこの場を借りて皆様とご一緒に考えてみたい。

筆者はITコーディネータ制度の発足と同時期に現役を卒業してITコーディネータを取得し、G0として中小企業のIT活用支援に取り組んできた生き残りである。ITコーディネータ制度発足当初は、国の中小企業IT経営支援施策が並行して導入された。IT経営応援隊事業による普及啓蒙活動や各種補助金によるIT導入支援である。これらの事業では中小企業経営者のためのIT経営研修コースを開発し、各地でIT経営の普及啓蒙活動に活用していただいた。この研修コースを受講した中小企業経営者の皆様からは有意義な研修であったとの評価を頂いた。
しかし今振り返ってみるとこの活動では次のような点が至らなかったと感じている。一つは平均層の中小企業のIT活用底上げには貢献できなかったことである。国の各種施策に積極的に参加し、活用したのは先進中小企業経営者であり、平均層の中小企業を大きく動かすことができなかった。二つ目は研修を受けてIT活用を検討した中小企業の多くがIT導入にまで至らなかったことである。その時点では中小企業が利用できるITツールが少なく、特に中小企業にとって使い易い企業間連携ツールは全く存在しなかった。これらの未解決の課題解消のためにはこれまでとは異なるアプローチが必要と痛感したのが、中小企業共通EDIへ取り組むきっかけとなった。
中小企業の企業間デジタル連携に関する検討経過
(1)インターネットEDIと個別企業WEB-EDI
大手企業間デジタル連携は1985年の通信自由化以降1990年代に固定長通信方式の業界EDIが急速に普及した。しかし高額投資が必要であったために中小企業へは全く普及しなかった。
2000年代に入るとインターネットの普及が本格化し、大手業界ではこれまでの固定長通信方式EDIをインターネットに置き換える検討が進められ、製造業のECALGAや流通業の流通BMSなどが相次いで実用化された。
中小企業取引にはWEB-EDI方式が開発された。この方式は受注者がブラウザだけで安価に利用できるので大手発注企業の多くが導入した。しかし発注企業が個別に導入したため多画面問題を引き起こし、一部の利用にとどまった。受注中小企業からはFAXより不便と評価され、中小企業のEDIアレルギーを引き起こす原因となった。
この問題を解決し、中小企業の書面注文書取引をインターネットEDI化するための検討が次世代電子商取引推進協議会(以下、ECOM)で取り上げられ、「中小企業にも適用可能なインターネットEDI設計・導入ガイド」(2005年3月) として公開された。この報告書は中小企業の企業間デジタル連携に関する初めての本格的な調査報告であり、「共通XML/EDIフレームワーク」の提案を行った。この提案には現在の中小企業共通EDIの主要な構成要件の多くがすでに提案に組込まれている。
ECOMは引き続き「実用的なB2B-ECフレームワークの研究・普及推進報告書」(2007年3月) を公開した。この報告書では上記報告書の成果を基盤として業界の壁を超えた「電子取引共通基盤のためのフレームワーク」の提案を行った。この提案は現在の中小企業共通EDI標準のベースとなっており、現時点においても有意義な提案である。
(2)最初の中小企業取引デジタル化実用の試み
このECOM提案の実用化を目的として「共通XML-EDI実用化推進協議会」(以下、COXEC)が民間の任意団体として2005年に設立された。COXEC参加の複数の有力ITベンダーがコンソーシアムを組み、民間資金で共同開発を行い2006年に実証検証を行なった。
国は2006年にIT基本政策として「IT新改革戦略」を公表し、「2010年までに中小企業の取引について電子商取引を実施する企業の割合を50%以上とする」とする目標を掲げ、補助金事業にも企業間連携が組み込まれて公募が行われた。
COXECの成果物はこの補助金事業で導入されたが、さらに改良すべき点が多く見出された。しかし開発事業を継続することができず、COXECの活動は一旦終了することになった。その理由は中小企業のデジタル連携のユーザーニーズが顕在化しておらず、ITベンダーのビジネスにはならないと判断されたためである。国の目標も実現できなかった。
これらの活動で中小企業の企業間取引デジタル化普及にはまだ解決すべき課題が残されていることが明らかとなったが、実用化に必要な開発要件が明確となったことは大きな収穫であった。
(3)ITコーディネータ協会による中小製造業データ連携調査事業
機械振興協会は2009年に「中小企業モノづくりの生産性向上に貢献する企業内・企業間データ連携手法」の調査研究公募を行った。ITコーディネータ協会はこの調査研究を受託し全国の中小製造業100社に対して企業内・企業間データ連携のヒアリング調査を実施した。このヒアリング調査には全国のITコーディネータ30名が参加し、ITコーディネータ協会の強みを発揮する場となった。この調査で収集された書面注文書に記載の情報項目を、ECOM提案の中小企業EDIメッセージの妥当性検証に活用した。この検証で現実の書面取引をデジタル化しても問題なく利用できることが確認された。
この事業は委員会組織を設けて、調査研究内容の評価を行うことが要件であったので「企業内・企業間データ連携調査研究委員会」をITC協会内に設置した。この委員会はその後「つなぐIT推進委員会」と名称変更し、中小企業のデータ連携問題の推進・審議機関として現在も活動を継続している。
(4)経済産業省のビジネスインフラ事業
時を同じくして2009年度に経済産業省はビジネスインフラ事業 を実施した。この事業は次の課題解決が目的である。この時点で認識された課題は次の3点である。第1の課題は、大手業界はそれぞれ業界内のEDI化を実現していたが、各業界EDIが相互につながらない問題である。第2の課題は大手企業と中小企業取引の多画面問題の解決である。第3の課題は中小企業のFAX取引問題である。この状況を図に示す。

この課題検討のため「ビジネスインフラ整備委員会」が設置された。さらに国が主導して設立し、多数の業界が参加する次世代EDI推進協議会(以下、JEDIC)が中心となって継続して3年間の審議が行われた。この場では電子情報技術産業協会、自動車工業会、石油化学工業協会の大手業界3団体と中小企業からITコーディネータ協会が中心となって課題解決のための討議が行われた。
この審議ではまず4団体の企業間取引で必須となる情報項目の抽出を行い、これを「業界横断EDI」として共有することにより、業界EDIを相互に連携する基盤とする方針が示された。各業界EDIは業界固有の表現で実装されているので、共通辞書を利用して変換し相互に連携する方式が提唱された。
国際EDIの分野では国連CEFACT が同様の方針でEDIの国際共通辞書(Core Component Library::CCLと略称)の策定を進めており、CCL第1版が2009年に公開されたのでこれを活用することとなった。しかしこの事業で策定された業界横断EDI_ver.1は業界固有の取引情報を組み込んでいないため、参考資料に止まった。中小企業取引用EDI仕様の策定についても時間切れとなり、未完のまま終了した。
しかし、ビジネスインフラ事業で関係者が合意した共通辞書による変換方式と、共通辞書として国連CEFACTの共通辞書の利用が明確となったことにより、次への展開が可能となった。この成果はJEDICより「業界横断EDI仕様v1.1ビジネスインフラガイドブック」 として公開されている。
EDI共通辞書を活用した企業間データ連携の考え方を図に示す。

(5)サプライチェーン情報基盤研究会(SIPS) における活動
JEDICは2012年3月で解散したため、以降は民間有志によるSIPSが設立されJEDICの活動を引き継いだ。ITコーディネータ協会は賛助会員として参加し、国連CEFACTに準拠する中小企業共通EDI仕様の策定と実用化に取り組んだ。この活動には有力な協力者を得て、実用できる中小企業共通EDIサービスの提供が実現した。
(6)中小企業庁による実証検証事業
中小企業共通EDIは中小企業庁に着目していただき、「次世代企業間データ連携調査事 業」(20016年度補正予算) による実証検証と、「中小企業・小規模事業者決済情報管理支援事業」(2017年度補正予算)による金融EDI連携実証検証が実施された。これらの実証検証により中小企業共通EDIは中小企業の書面注文書のデジタル化に問題なく利用できることが検証され、EDI導入により人手作業が半減することが確認された。この実績を踏まえて中小企業共通EDI標準(初版)が公開され、現在に至っている。詳細はITコーディネータ協会「中小企業共通EDIポータルサイト」 を参照願いたい。
(7)共通EDI認証制度とEDI推進サポータ
EDIは異なる企業の社内業務アプリ間でデータ交換する仕組みである。しかし各社の業務アプリの仕様は異なっており、そのままデータ交換しても理解できない。この違いを吸収して共通仕様に変換する方式が共通EDI標準の基本コンセプトである。共通EDI標準を実装したITツールが相互に連携できることを確認し、公開することはユーザー企業とベンダー企業の両者にとってメリットがあるのでITコーディネータ協会は「中小企業共通EDI認証制度」 を導入した。2021年4月現在で12社、26製品が認証されている。
EDIの導入は複数の企業間で連携を行うことになるので、単独企業のIT導入とは異なるノウハウとスキルが必要となる。ITコーディネータのこれまでの企業支援は「点の支援」であり、EDI導入支援は「面的支援」と呼ぶことが適切であろう。これまで、このような面的支援人材を育成する仕組みがなかったので、「共通EDI推進サポータ研修」を昨年度からスタートさせた。すでに200名を超える「共通EDI推進サポータ」 が誕生した。今後の活躍が期待されている。
中小企業共通EDIの普及に向けて
これまでの中小企業共通EDI実用化の取り組みの中から、これまでにない新しい仕組みの実用化と普及のための要件が明らかになってきた。その要件は次の4つである。
①簡単に利用できるサービスの提供、②中小企業が利用できる価格、③このサービスを利用しようとするイノベータの発掘、④中小企業共通EDIを活用できる社内DX推進
②は中小企業共通EDIが広く普及すれば解決できる要件であるが、普及初期にこれを実現することは困難である。ITベンダー各社の企業努力で最初の一歩を踏み出すための無償サービスも提供され、中小企業にとってその気になればすぐに利用できる状況にはなっているが、本格普及までのあいだは国などの支援がもう一段求められる要件である。
①については前述の実証検証やこれまでの利用実績から問題なく実用できるサービスが提供できる状況になったことが確認できている。
中小企業共通EDIにとって現時点の最大の問題はその存在が知られていないことである。平均層の中小企業では書面取引とその人手処理が日常業務化し、問題として認識されていないケースを多く見かける。
この中にあって新しい仕組みの意義を認めて積極的に活用しようとするイノベータの存在が重要である。ユーザー企業では小島プレス工業殿の貢献が大きい。同社の支援と活用実績により、中小企業共通EDIサービスが実用化できたといっても過言でない。
ITベンダーのイノベータも重要である。グローバルワイズ殿は中小企業共通EDI開発初期からご協力いただいたイノベータ企業である。その後中小企業庁実証事業に参加していただいたITベンダーやユーザー企業各位も重要なイノベータである。
支援者の最大のイノベータは中小企業庁である。国に注目していただいたことにより、現在があると考えている。EDI推進サポータの皆様も有力な支援者イノベータである。皆様にはイノベータ経営者と支援団体イノベータの発掘をお願いしたい。イノベータの活用実績を公開し周知することが、本格的な普及への道筋と考えている。
我が国産業のサプライチェーンはまだデジタルデータでつながっておらず、寸断された状態が続いている。我が国サプライチェーン全体のトータル生産性向上が今後の国際競争に打ち勝つ重要な役割を担っている。業界の壁を超えた企業間連携に大手企業の本格的な参加が求められるところである。
この課題に向けての次のトリガーはインボイス制度への対応である。本件については別の機会にITコーディネータの皆様とその取り組みについてご相談したい。
本記事を寄稿頂いた方
川内 晟宏 氏
つなぐIT推進委員会共通EDI標準部会長 フェロー ITコーディネータ
<略歴>
製造業で商品開発、販売企画、事業部門責任者、製造関係会社社長などを経験し1999年に現役卒業。
1998年:中小企業診断士(情報部門)登録
2001年:ITコーディネータ・ITCインストラクタ(G0)登録
2004年~ 2005年:経済産業省IT経営応援隊副隊長、IT経営教科書作成委員会委員長
2006年:情報月間において情報化促進貢献個人表彰として経済産業大臣表彰
2009年~ 2018年:ITC協会企業内・企業間データ連携調査研究委員会事務局主任研究員 (企業内・企業間データ連携調査研究委員会は、その後つなぐIT推進委員会へ改称)
2018年~現在:つなぐIT推進委員会共通EDI標準部会部会長